東京インソムニア イメージノベル最終回!

●はじめに

こんにちは、アルパカコネクト運営です。

今週のアルパカコネクトblogは、都市型現代伝奇ノベルPBW『東京インソムニア』のワールドディレクター(WD)をつとめる弊社の狸穴醒による『東京インソムニア』イメージノベル「出口、なし」第4話、最終回です!

前回《ナイトメア》と呼ばれる悪夢の世界に侵入したレイジと東尾しづの冒険の結末は? ぜひ最後までお楽しみください!

東京インソムニアイメージノベル『出口、なし』第1回
東京インソムニアイメージノベル『出口、なし』第2回
東京インソムニアイメージノベル『出口、なし』第3回

▼都市型現代伝奇ノベルPBW『東京インソムニア』公式サイト


レイジ(イラスト:倉津

東尾しづ(イラスト:れんた

●出口、なし(4)


 レイジとしづは悪夢の世界を全力で走った。いったい床は何の材質でできているものか、足音がかんかんと響く。
 背後を振り向くと、獣のような人のような異様な形の影たちが回廊を滑るように追ってくるのが目に入った。視界に入る限り、ゴーントは追手に加わっていないようだが――
「くっ、邪魔くさいね!」
 しづが立ち止まった。素早く反転し、大きく両腕を開く。
 左手に、銀色に輝く三日月形の物体が現れた。
 しづの身長ほどもあるそれを彼女は身体の前に立て、三日月の端と端の間の何もない空間に右手を添えると、手前に引く――ちょうど、弓の弦を引くように。
 しづの猫耳と尾が、ぴんと立てられる。
「悪霊退散ッ!」
 空気が揺れた。
 見えない矢に貫かれ、追ってきている夢魔たちの先頭の者が弾き飛ばされる。彼らは同類に踏みしだかれてすぐに見えなくなった。
 しかし、残りの夢魔はそのまま疾走を続ける。しづは虚空の弓を消すと再び走り出し、ほどなくレイジに並ぶ。
「効いてはいるが……」
「一体ずつじゃ埒が明かねーぞ!」
「うるさいね、あたしはこれしかできないんだよ!」
 しづが苦々しそうに言う。ナイトメア内での戦闘能力にはダイバーによって大きく個人差がある。能力の高低も、得意分野も千差万別だ。
「お前さんは戦いの役には立たないしねえ……」
「ほっとけ! いざとなりゃオーナーごと脱出はできるっての」
「だが、それじゃあ解決にはならん!」
 しづの言う通りだった。
「手に負えそうにないというからあたしが来てやったんだ。その読みは正しかった。ゴーントまでいるとは思わなかったがな。だが、ここまで来ておめおめ帰ったら何の意味もない。この規模のナイトメアを放置したら、篠ノ井楓の被害どころじゃなくなるぞ!」
 しづの主張は、つまりナイトメアを消滅させるべしということだ。しかしそのためには、まだやらねばならないことがある。
「アレらと戦う必要なんかないんだよ、《バックドア》さえ見つかれば……」
「そう言われても、この状況でどうやって探すんだよっ!?」
 と、そのとき。
「マジかよ!?」
「行き止まりか……!」
 彼らの前方、目算で百メートルほど先の回廊がぶつりと途切れ、果てが見えないほど高い壁で阻まれているのだった。
「どうすんだ婆さん!」
「あたしに聞くんじゃないよ!」
 背後からは依然として夢魔の群れが追ってきている。
(逃げるだけなら、回廊を出れば……!?)
 左右を仕切る円柱の間を通り抜けることはできそうだが、回廊の外は闇に沈んで窺い知れない。このナイトメアの中で道を逸れることがどういう意味を持つのかは、何とも言えなかった。目覚めぬ虚無に呑み込まれる可能性もないとはいえない。
 しかし、そこでレイジは声を上げる。
「おい、あれ!」
 行き止まりの壁、ちょうどレイジの目の高さあたりに、奇妙なものが貼りつけてある。
 水色と黄色で構成された、平べったい長方形の小さな物体だ。モノクロのペンで描かれたような荒涼とした世界の中で、それはひどく場違いに見えた。
「なあ、あんだけ目立ってりゃ間違いねえだろ!」
 ナイトメアには核となるものがある。ドリームホルダーの精神の、最も弱いところ――心の闇とでもいうようなもの。人に言えない秘密や負い目、トラウマのたぐい。そういったものが異界と接して変質することで、ナイトメアは形成される。
 その核を《バックドア》と呼ぶ。
「あの位置じゃあたしは届かない。頼んだよ!」
「わかってるってーの!」
 激突する勢いで壁に接近する。伸ばしたレイジのエナメルの右手には、柄から刀身まで真っ黒のナイフが握られていた。
 レイジは右手を大きく振り上げ、壁に叩きつける。
 ナイフの突き立ったところから黒い濁流が噴き出した。液体とも気体ともつかない濁流はレイジとしづをなぎ倒すと瞬く間に回廊へ溢れ出し、夢魔たちの群れを呑み込んでゆく。
 少女のイラストが描かれたパスケースが壁から剥がれ落ち、濁流の中へ消えるのを、レイジは視界の端で微かに捉えた。



 まだ酔客が出歩くには少し早い夕方の六時。新橋駅近くにあるバー《シルバームーン》。
 ドアベルを鳴らして店内に滑り込んできた黒ずくめの女は、カウンターに座る金髪の若い男に目を止めた。
「あら、珍しいわね……金欠は解消したの?」
 マスターが女に会釈する向かいで、レイジはうっそり顔を上げる。
 彼を見下ろしていたのは個性的な服装と化粧の、見惚れるような美女であった。
 ――佐倉エリス。この《シルバームーン》を根城とする、占い師である。
 しかしレイジは鼻を鳴らしただけだ。初対面ならエリスの容貌に色めき立っただろうが、彼女もまたしづと同じく薄暗い世界に踏み込みすぎていることを、彼は知っていた。
「ご機嫌斜めね」
 エリスは店の隅の彼女の定位置に黒革のトランクを置きながら言う。
 トランクから出したのは、巾着袋とベルベットの布。トランクを立てて布をかぶせ、スツールをひとつ引っ張ってくれば、佐倉エリスの仕事場の完成である。
「そりゃ……」
 言いさしてレイジは口をつぐんだ。さしもの彼も、篠ノ井楓の事件の詳細をこんな場所で話すわけにはいかない。エリスは他人の秘密を聞くのが本業のようなものだが、それには相応の対価が必要なのだ。
 だからレイジはグラスのビールをあおり、万感の思いを込めて口にしたのみだった。
「もう二度と、萬屋のババアからの仕事は受けねえぞ」
「しづさん?」
 エリスはくすりと笑った。萬屋の東尾しづは、異界に関わる者たちの間では知れた存在なのだ。
「何か、あったようね。しづさんがついているなら大丈夫だと思うけれど……あまり妙な方面に手を出すと、また一ノ瀬さんにどやされるわよ」
「なんでここでおやっさんが出てくんだ!」
 顔見知りの刑事の苦み走った顔を思い出して声を上ずらせたレイジは、ごまかすように咳払いをする。
「警察の厄介になるようなことはしてねえよ。普通に人助けだっつーの」
 結論から言って。
 レイジとしづが命からがらナイトメアから逃げ出した後、篠ノ井楓がどこかに閉じ込められることは、ぱったりなくなったという。
『お前さんが別人の夢に潜ると言い出したときは、びっくりしたがねえ』
 どうして気づいたんだい、というしづの問いに、レイジは「勘だよ」と答えておいた。
 実のところ、篠ノ井楓と言葉を交わした時点で確信していた。ああいう種類の人間――自分のなすべきことを生まれながらに理解している人間が、闇に囚われることは滅多にないものだ。
 ならば彼女の周辺で起きている怪異の元となっているのは、別の人間のはずだ。
 だからレイジは駅で怪異に遭遇した後、篠ノ井楓の友人を当たったのだ。ひと月ほど前から朝夕、篠ノ井楓と同じ電車の車両に乗って彼女を見つめている若い男のことを話してくれたのは、彼女の同級生のひとり。
 あとは《spouter》頼りだ。その男が都内の大学に通う二十二歳の学生だということは、やがて知れた。そうしてレイジは彼を篠ノ井楓のマンション近くで発見し、接触に成功したわけである。
 レイジが回収した男のスマホの中には、通学路や電車内で撮ったとおぼしき篠ノ井楓の写真が大量に入っていた、としづが後で教えてくれた。彼がそれを取りに来たかどうかまでは知らないし、興味もない。
(ストーカーの夢に影響されるなんて、お嬢様も大変だわな)
 明らかになった物事を繋ぎ合わせるに、くだんの大学生は篠ノ井楓にパスケースを拾ってもらったことがあるようだ。そんな些細な親切が災いして怪異に遭ったのは、気の毒としか言えない。
 お嬢様の無事を祝して残りのビールを干したところで、エリスが笑みを消してレイジを見つめているのに気づく。
「そうね、詳しくはわからないけれど……」
 特徴的なメイクを施したエリスの表情は、いまひとつ伺い知れない
「その事件、あなたが思っているより、厄介かもしれないわ」
「……おいおい、脅すなよ」
 笑い飛ばしたつもりだったのだが、我知らず声が震えてしまった。
 佐倉エリスが発する言葉は、往々にして――普通ではないのだ。しばしばそれは示唆に富み、ときには知らないはずの真実を言い当てたりもする。
 たじろぐレイジをよそに、当のエリスは物憂げにため息をついた。
「脅しではないのだけど……まあ、いいわ。あなた自身に危害が及ぶことはなさそうだし」
 続いた占い師の言葉は、なんとも不吉な響きを帯びていた。
「今はまだ、ね」



 ノックの音がした。
 そのとき東京都侵蝕対策室の蓮見恒成は、室長席で眉間を揉んでいた。
「お疲れさまです、蓮見室長」
 今日の蓮見はアポイントなしの来客の対応で疲れ切っていたが、眼鏡をかけ直す間に疲労の色を消し去る。
 デスク上の資料を蓮見がどけたところへ、秘書がコーヒーを置いた。
「いつもありがとうございます」
 完璧な微笑は、蓮見を特徴づける要素のひとつである。会釈して身を引きながら、秘書が尋ねた。
「先ほどのお客様は、内調の?」
 すると蓮見は微笑んだまま、黙って首を横に振った。
 必要がないなら知らない方がいいことというのは、世の中にたくさんある。ことに蓮見は、そういったものの取り扱いに慣れていた。
 心得た秘書もそれ以上は問わない。彼女は一礼して、室長室を出ていった。
 ひとり残された蓮見はカップを片手に、デスクのファイルを取り上げて眺める。
 新聞の切り抜きやウェブサイトのプリントアウトは、すべて同じ事件についてのもの。数日前に新橋駅で起きた小規模な怪異は蓮見も気になっていたが、本日の来客が裏づけとなった。
「まったく……次から次へと、あちら様も熱心なことです」
 ひとりごちた彼は、厄介な課題を一旦頭から追い払って席を立つ。そうして、宵闇が迫る背後の窓へと目を向ける。
「また何か、起きるのでしょうね。この街で」
 眼鏡越しに見つめる東京は常と変わらず、きらびやかな夜を迎えようとしていた。

(終わり)

●おわりに

4回にわたってお届けしてきたイメージノベルも、今回で最終回。『東京インソムニア』の世界観や設定、雰囲気を掴んでいただけたでしょうか?
『東京インソムニア』で遊ぶ予定の方にとっては気になる設定があったかもしれません。ぜひ、サービス開始まで想像をめぐらせてお待ちください!

サービス開始に向けて、クローズドβテストも進行中です。引き続き本blogではアルパカコネクトのサービスやPBWについて情報発信を行ってまいりますので、更新した際にはご覧になっていただけたら幸いです。

それでは、またの機会に!

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